「回していいとも。」JACサッカースクールコーチ編

更新日:2019年1月11日


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みなさんこんにちは。

U5-6のしょうたコーチです!


シーズン1も無事に終わりこれから次のシーズンに向けて面白いことをたくさん考えていたところ、すぐに思いついてしまいました。


そこで新企画始めました。

題して「回していいとも!!」


現在J Athletics Canada Soccer Schoolには15人ものコーチがいます。ですが正直、自分の子供のカテゴリーコーチのこと以外よくわからないと思います。「若い子がいっぱいいるなあ」「誰が留学生で誰がスクール卒業生?」そう思ってる方もいらっしゃるかもしれません。

そんな方々に朗報です。この企画ではしょうたコーチがいろんなコーチにインタビューをして、経歴、サッカー、人生についてズケズケ質問して丸裸にしてしまいます。



記念すべき第一回。今回インタビューしたのはこの方




U11-13ヘッドコーチのちひろコーチです。

僕自身、ちひろコーチと出会ってから2年以上経ちましたが、正直何者か知りません。知っている情報は、熊本出身ってことと、色々な国でサッカーしてたらしい。くらいです。

さて、彼は何者なんでしょうか。インタビューしてみましょう。


 

しょうたコーチ(以下:しょ):それでは、お名前と年齢、出身地お願いします。

ちひろコーチ(以下:ち):野田智裕、30歳、熊本県出身です。


しょ:オッケー。笑 それではまず30年間の人生を軽く教えてください。

ち:軽く?笑


しょ:軽く。じゃあ最初にサッカーに出会ったのはいつ?

ち:出会ったのは5歳かな? 5歳の時に、多分Jリーグ開幕の影響で保育園にゴールが設置された。保育園の中におっちゃんがゴール運び入れてる記憶が自分の中にある一番若い記憶。


しょ:へー、すごいなそれ。

ち:保育園の時はチームに入らず一人でサッカーやってて、休み時間とかに俺と女子全員vs他の男子でサッカーやってた。当時から負けず嫌いだったから、女子に絶対ゴール前から離れるなって言って、自分一人で点取りに行ってた。笑

しょ:当時から変わらないね。笑

ち:それから小1の時に熊本のYMCAっていうチームに入って、小3でなぜかキーパーで選抜に選ばれた。


しょ:キーパーやりたかったの?


ち:いや。自分があまりサッカー上手くなくて、体も大きい方だったから。けどやっぱキーパー嫌だなって思って、小5、6は地元の違うチームに通った。あと当時はバスケットもやってて、ミニバスで県ベスト8までいって、だから中学上がる時にバスケやるかサッカーやるか迷ってたくらい。


でも中学ではサッカーやること選んで、県大会でベスト16くらいまでいったかな。その後は熊本県立大津高校に行って、

そこのサッカー部は3年間インターハイも選手権も全国にいったけど、自分はずっと2軍 だった。3年生になる時、1軍に上がると思ってたけど自分だけあげてもらえなかった笑 


そして大学に上がる時、自分の高校はサッカー強かったから先生の推薦で行けたけど、自分を使ってくれない先生の力を借りるか、って思って自分で推薦受けたら落ちたの。笑


しょ:だっさ。笑

ち:結局一般で帝京大学の教育学部に受かって、そこでも2年間サッカーやったけど1試合もトップチームで試合に出れなかったから一回サッカーやめて、FC TORIPLETTAっていうチームで小1、3、4年生のコーチを始めた。そして大学4年生になった時にまたサッカーしたくなったから東京都リーグ1部のFC新宿ってところでプレーしながら、コーチも続けて、教育実習もして教員免許取ったみたいな感じ。


しょ:なるほど。

ち:それで進路決めなきゃいけなくなった時、ありがたいことに父親から2年間好きなことやっていいぞ。って言われたのね。色々やりたい事ある中で、今しか出来ないサッカーをやろうと思って、年齢的にもほぼ可能性ないけど、とりあえずどんな形でもいいから”プロ”になるっていう目標持って1年アルゼンチンに行ったかな。